釆女のいわれ
 雄略天皇が、長谷の百枝の槻の下で、豊年のお祝いの御酒宴(えんかい)を
していたときに、伊勢の国の三重の釆女が、大きな酒盃(さかずき)をたてま
つりました。その時、槻の葉がさかずきに浮かんでいることをしらずに、天皇
にさしあげたところ、天皇はこれを見て、その釆女をうち伏せ、刀を首にあて
てきろうとした。その時、その釆女が、「私をおきりなさいますな。申し上げ
たいことがございます。」と言って、歌を歌いました。
 天皇に歌を奉じたので、その罪をお許しになった。続いて、皇后、天皇も歌
を読み、この三つの歌を「天語り歌」とされている。
 そのえんかいで、三重の釆女を集めて、物をたくさん下さいました。
 この釆女は田を十町もらい、里に帰った。
 これが、釆女という地名のいわれであるといわれている。

釆女とは
 宮中で、天皇の御食事のお世話をする女官のこと